僕は、生まれてすぐに、アトピー性皮膚炎だと診断されたらしい。小さい頃のこと何も覚えてはいないが、よく泣いたりだとかアトピーが原因らしい行動があったという話だ。医者には、保育園のころは「小学生になれば治る」と言われ、小学生のころは「中学生になるころには治る」と言われ続けていた。でも、この頃はそれほどアトピーのことなど気にしていなかった。夏休みにはプールにもよく行っていたし、それどころか近所の汚い川で泳いだりまでしていた。
今、思うと、とても考えられないことだ。これだけ何も意識せずに普通の子供のように遊びまわっていられたのは、症状が悪化してもたいして気にしない年齢だったせいもあるのかもしれないが、やっぱりステロイドを常用していたためたろう。アトピーが酷くなってもステロイドを塗れば、次の朝にはきれいな肌に戻っていたのだから意識する必要が、なかったのかもいれない。
今、思い返すとアトピーが苦しくて大変だったという記憶は、まったくないが、薬をもらいに皮膚科に行くのが面倒だと、いつも思っていたような気がする。こうしてステロイドは、だんだんと強いものを使用するようになっていった。
僕が、アトピーを意識し始めたのは高校生になってからだ。この頃、薬の害が少しずつ言われ始めていたのが、アトピーを見直すきっかけだったのだろう。高一の夏、そんなに重大な事とは考えず、それまでは、近くの小さな皮膚科に通っていたのだが、富山医科薬科大学病院に通院することにした。ここでは、さすがにステロイドの副作用を意識してか、なるべくステロイドを使わないという方針で、やっていたようだ。突然、ステロイドを断ってしまうことはなかったが、弱めただけで、僕の体はそれに、反応してしまった。まず、リバウンドが今思えば軽かったが、少しきた。
その後も、肌が乾燥して皮が剥けたりと、異常な症状が、ずっとあった。それに慣れたころ、5・6月の紫外線の季節がやってきた。これが一番大変で、顔が真っ赤になって顔中から汁が出て来て、学校を休んだ。一度、二度ならいいが、五、六度目となると学校のみんなに休んだ理由をたずねられてもアトピーの悪化と答えるのが、恥ずかしくて困った。
このころから僕は、真剣にアトピーを悩み始めたと、言ってもいいだろう。 それから僕は、水療法や気功など、いろいろな事に手を出した。 でも、どれも治療が完全なものではなかった。こうして新聞の記事で見たアトポスにお世話になることになった。
僕がアトポスに最初に行ったのは高三の夏だった。とりあえずは、それまて通りステロイドを塗りながら、乳酸菌療法を始めた。季節もよかったことから、あまり変化はなかった。受験生だったこともあって、学校のテストと重ならないように、時期をみてステロイドを完全に断った。これが10月だったと思う。この後の、1ヵ月は、今までの人生の中で一番つらかった。顔だけでなく今度は、体中から汁が出てきた。体中、傷だらけになって動くことも苦しいほどだった。朝起きると、布団の上には剥けた皮がものすごい量で落ちていて顔は汁が固まってパリパリだった。すぐ、風呂に入らないと気持ち悪くていられなかった。
こんな状態が、一ヵ月ほど続いたころから、ほんの少し回復の兆しが見られ始め、汁が出なくなり、首の傷が良くなった。それでも、まだ普通だとは、とうてい言えなかったが、出席日数が足りないかもしれないという話も学校からあって、ずっと休んでいた学校へいった。最初は、少しまた悪化したが、普通の生活に慣れるにつれて急速に、皮膚の状態は良くなっていった。
1、2ヵ月すると、普通の生活が出来るようになった。受験のこともずっと 勉強出来なかったので気になっていたが、結局、大学に合格出来た。
今、僕は東京で一人暮らしをしている。環境の変化もあってか、多少悪化したこともあったが、少しずつ良くなり、クリームを塗っていためをやめ、今では気の付いた時に乳酸菌を飲み、あとはアトポスからもらう入浴剤を使って風呂に入る程度のことしかしていない。これでも、多少乱れた生活をしてもほとんど問題ない。まだ、肌の色があまり良くなかったり、首や額がたまに乾燥したりと完全に治ったとは言えないが、高校生の頃と比べると全然気にしなくても良くたった。完治とまではいかないが、間違いなく改善したと思うし、これから普通の生活をしていれば、もっと良くなり完治に向かうような気がする。
今は、赤嶺先生をはじめアトポスの皆さんや、お金や精神的な面で非常に迷惑をかけた家族に、感謝したいと思う。 |